BUMP藤原基央とミセス大森元貴がモノマネできない理由|米津玄師との違いを考察

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BUMP藤原基央とミセス大森元貴がモノマネできない理由|米津玄師との違いを考察
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突然ですが、BUMP OF CHICKENが大好きです。

常々思っているのですが、藤くんのモノマネって、誰もやっていないですよね?

私はテレビのモノマネ番組が好きでよく見ますが、多くの天才モノマネ師たちが人気アーティストを完璧に再現しています。

でも、BUMPの藤原基央さんや、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴さんを「完コピ」できている人は、まだ見たことがありません

マネをしている人は存在していても、私が満足するレベルの人は未だ存在しないのです(わたし何様なの)

藤原基央さんや大森元貴さんと同様、圧倒的な才能を持つ米津玄師さんは、多くのモノマネが存在するのに、なぜ藤原さん、大森さんの2人は「聖域」のままなのか?

その理由を、音楽的な視点とファンの直感から勝手に考察してみました。

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目次

BUMP OF CHICKEN 藤原基央

BUMP OF CHICKENのボーカル・藤原基央さん(藤くん)の歌声を聴いていると、藤くんが「歌を歌っている」というより、「物語を語りかけてくれている」ような感覚に陥ります。

私が思う「本当に歌が上手い人」とは、単に音程が正確だったり声量がすごかったりする人のことではありません。
「話すように、語るように歌える人」こそが、真の意味で歌が上手い人なのだと考えています。

藤くんは、まさにそれを体現している歌い手です。

藤くんの声には、科学的にも説明しがたい「倍音」の魅力があると言われています。
一般的に言われている特徴は、「ハスキーなのに芯がある」こと、そして「吐息の量が絶妙にコントロールされている」点です。

特筆すべきは、少年のような無垢で瑞々しい響きと、酸いも甘いも噛み分けた大人のような枯れた響きが同居していることです。
この、本来なら矛盾するはずの成分が一本の声に存在しているのが、藤くんの喉の凄さであり、奇跡です。


多くのモノマネ芸人さんは、「しゃくり」や「ビブラート」といった技術的なクセをなぞろうとします。

しかし、藤くんの歌唱にはそういった装飾的なクセがほとんど見当たりません
藤くんは「技術」を聴かせようとしているのではなく、言葉の一つひとつを置く瞬間の「空気感」そのものを差し出しているように感じます。

一言一言に体温を乗せ、息(命)を吐くように言葉を紡ぐ。

その「語るような歌唱」は、単なる発声技術の模倣では到達できない領域にあります。

藤くんの歌声が「唯一無二の聖域」である理由は、喉の形以上に、言葉を届けようとする姿勢がそのまま音になっているからなのではないでしょうか。

はあ……好き…

BUMP初期の「がなる」ような歌声も好きです。
今の「語る」ようなキレイな声も好きです。

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Mrs. GREEN APPLE 大森元貴

一方でMrs. GREEN APPLEの大森元貴さんは、BUMPの藤原さんとは全く別の方向から、誰にもモノマネを許さない存在です。

大森さんの歌声は、技術的に「異次元」すぎて誰も追いつくことができないパターンです。
大森さんの歌唱を語る上で欠かせないのが、驚異的なミックスボイスの完成度」です。

最大の特徴は、地声と裏声の境界線が実質「ゼロ」であることです。

通常の歌手であれば声がひっくり返るような高音域でも、大森さんは地声のような力強さを保ったまま突き抜けていきます。
その音色は、男性的な太さと女性的な華やかさを瞬時に切り替える「性別を超越した響き」を持っています。
これは単に「高い声が出る」という次元の話ではなく、喉の細胞一つひとつをミリ単位で操っているかのような、極めて精密なコントロールの賜物です。

モノマネ芸人さんが大森さんに挑戦することが少ないのは、単に「似ていないから」ではなく、不用意に真似をしようとした瞬間に喉を壊しかねないからなのかも知れません。

大森さんの歌唱は、類まれなる才能に裏打ちされた「超人的な身体能力」に基づいています。

その精密すぎる技術こそが、誰の手も届かない「唯一無二の聖域」を作っているのだと感じます。

意訳:大森元貴はバケモン(褒めてる)

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ほかの天才との違い

ここで、同じく「天才」であるほかのアーティストたちと比較してみます。

例えば、米津玄師さんや玉置浩二さん、桑田佳祐さんといった方々も、間違いなく「唯一無二」の存在ですが、彼らの歌声を模写しようとする人は意外と多いですよね。

その理由は、彼らの歌法には聴き手が共通して認識できる「記号化しやすい特徴(型)」が確立されているからではないでしょうか。

米津玄師さんであれば、深く沈み込むような低音の響きや、独特の語尾の切り方、そしてリズムを少し後ろに倒すような「溜め」が非常に強力なスタイルとなっています。

また、玉置浩二さんなら色気のある吐息の使い方や圧倒的なロングトーン、桑田佳祐さんならあのかすれたハスキーボイスと独特の母音の歪ませ方など、誰が聴いても「あ、あの人だ」と分かる強固なフォームが存在します。

だからこそ、その「型」を丁寧になぞることで、一定の再現性を持ってその人らしさを演出することができるのです。

対して、藤くんや大森さんの歌唱は、曲やフレーズごとに声の成分を無意識、あるいは緻密に変えてしまうため、「ここを掴めば似る」という固定の型がほとんど存在しません

藤原さんのように感情の揺れをそのまま空気感として差し出すスタイルや、大森さんのようにミリ単位で声色を操る超人的なコントロールは、外側から「形」だけを真似ようとしても、本質的な部分には決して手が届かないのです。

「型」があるからこそ一つのジャンルを築き上げる天才もいれば、型そのものを拒むことで聖域を守り続ける天才もいる。

モノマネのしやすさの違いは、そのまま表現の方向性の違いと言えるのかもしれませんね。

「モノマネできない歌い手の方がすごい」って言いたいんじゃないんですよ。
どちらもそれぞれ「唯一無二」だらけだと思うのです!

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まとめ

今回見てきたように、藤原基央さん(BUMP OF CHICKEN)と大森元貴さん(Mrs. GREEN APPLE)は、全く異なるアプローチで「真似できない領域」を確立しています。

筆者が大好きな「モノマネできないアーティスト」2人
  • 藤原基央さん
    卓越した「語り」の力。
    技術やクセを見せるのではなく、言葉に体温と空気感を乗せ、聴き手の隣で物語を紡ぐような、感情の揺れそのものを歌にする稀有な表現者です。
  • 大森元貴さん
    異次元の「コントロール」の力。
    地声と裏声の境目を感じさせない精密な喉の操作と、性別を超越した音色を自在に操る超人的な身体能力は、模倣しようとした者の喉を壊しかねないほど圧倒的です。

米津玄師さんや玉置浩二さん、桑田佳祐さんのような天才たちがモノマネされやすいのは、彼らが「型」としての強固なスタイルを築き上げているからです。
それは、その表現が「一つの完成されたジャンル」として認識されている証拠でもあります。

対して、藤くんや大森さんの歌唱には、つかもうとした瞬間にすり抜けてしまうような、固定の「型」が存在しません。
彼らは一瞬一瞬、その場限りの空気や細胞レベルの感覚で歌声を変化させているからです。

「誰にも似ていない」ということは、それだけその人の声が、代わりのきかない特別なものだという証拠なのかもしれません。
モノマネが難しいほど唯一無二なその歌声を、これからも大切に聴き続けていきたいなと改めて思いました。

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