2025年12月9日放送のテレビ朝日「プラチナファミリー」は、2時間の「中村獅童ファミリー密着スペシャル」です。
歌舞伎俳優・中村獅童ファミリーSP!父・獅童なしでの子供2人の初舞台!その稽古&本番にも密着!妻&子供2人とのプライベートにも!父&師匠の獅童の顔に迫る!
(孝太郎&ちさ子プラチナファミリー公式サイトより)
【二月花形歌舞伎
— 博多座 (@hakatazatheater) December 9, 2025
『あらしのよるに』メディア情報】
📺テレビ朝日『プラチナファミリー』
今夜 12/9(火)19時~https://t.co/QT92ENQa6K
歌舞伎俳優・中村獅童ファミリーSP!お楽しみに✨
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中村獅童さんといえば「歌舞伎界の異端児」。
歌舞伎役者としての来歴も異色であり、過去にはすごくモテていたし色々あったなあ…などという記憶が。
現在は素敵な奥様と男の子2人に囲まれて幸せな家庭を築いている様子が、YouTube「中村獅童一家チャンネル」などでも見ることができますね。
番組では現在の中村獅童ファミリーに密着するとのことなので、本記事で「過去のあれこれ」部分についておさらいしておきましょう!

どうして「異端児」と呼ばれているのか、その経歴と!



初婚や再婚、闘病のあたりもまとめました!
プロフィールと来歴
中村獅童さんは、歌舞伎の名門一家に生まれ、歌舞伎役者、俳優、声優、歌手として、多岐にわたり活躍しています。
- 代数・名跡 二代目 中村 獅童(なかむら しどう)
- 本名 小川 幹弘(おがわ みきひろ)
- 生年月日 1972年9月14日(2025年12月現在・53歳)
- 身長/体重 177cm/70kg
- 血液型 O型



歌舞伎役者としては大柄のようですね
生い立ちと初舞台
中村獅童さんは、歌舞伎の名門・小川家(屋号:萬屋)に生まれました。
お父様は初代中村獅童ですが、二代目獅童さんが生まれる前に役者を廃業していたため、獅童さんには師匠(実父)も付き人(内弟子)もいないという、名門の家系としては異例の、厳しい環境でした。
しかし、幼い頃から歌舞伎の世界に魅了された獅童さんは、祖母に頼み込み、6歳で日本舞踊と長唄を始めます。
お母様である陽子さんの献身的な支えと、親戚である「萬屋一門」の指導、そして自身の努力をもって芸を研鑽。
そして1981年、8歳で二代目中村獅童を襲名し、初舞台を踏みました。
歌舞伎の慣習
歌舞伎の世界では、子役として舞台に立つ場合、通常は現役の父や伯父、または血縁のない偉大な役者に師事し、その師匠から芸の型や立ち居振る舞いを徹底的に教わります。
歌舞伎からの離脱と回帰
子役時代を終え、中学以降は役が付かない時期が長く続いた獅童さんは、一度歌舞伎の世界を離れ、ロックバンド活動に傾倒します。
その後、大学を中退しますが、歌舞伎から離れた期間があったことで逆に憧れが強まり、歌舞伎役者の道に戻ります。
そんな中、2002年公開の映画『ピンポン』(ドラゴン役)で準主役を射止め、新人賞5冠を受賞したことで、一躍俳優としてブレイク。
以降、「強面ながら憎めない個性派俳優」として、ドラマ、映画、声優と活躍の場を広げていきます。
獅童さんは「歌舞伎役者(子役)→ ロックバンド → 俳優」という異色のキャリアを築いたことで、伝統歌舞伎の世界に新しいファン層を呼び込む存在となりました。



生まれたときから大人になるまで、キャリアが異色!
歌舞伎での新しい挑戦
獅童さんは古典歌舞伎の出演を続ける一方で、歌舞伎の新しい客層開拓に情熱を注ぎます。
「兄さん」と慕っていた十八代目中村勘三郎さん企画の「コクーン歌舞伎」や「平成中村座」といった現代的な舞台に出演。
さらに自ら企画者となり、2015年には親子で楽しめる新作歌舞伎『あらしのよるに』を初演。
極めつけは2016年に発案した、バーチャルアイドル「初音ミク」と共演する「超歌舞伎」です。
毎年上演を重ねるこの挑戦は、伝統芸能と最新ポップカルチャーを融合させた革新的な取り組みとして、大きな注目を集めています。



歌舞伎に新しい風を吹き込む「異端児」でもあります!
竹内結子との結婚から飲酒運転騒動、離婚へ
中村獅童さんは過去に、私生活では2005年6月に、映画『いま、会いにゆきます』で共演した女優の竹内結子さんと結婚。
同年11月に長男が誕生しました。
しかし、この結婚生活は約2年半で終わりを迎えます。
飲酒運転と不倫騒動、活動自粛
結婚の翌年、2006年7月12日に、獅童さんは酒気帯び運転と信号無視で警視庁に検挙されるという重大事件を起こします。
翌日の謝罪会見で芸能活動の自粛を発表し、CMなどの露出も停止されました。
この会見で同乗者を「友人の女性」と釈明しましたが、後に女優の岡本綾さんだったことが判明し、不倫関係が報じられて世間を騒がせます。
その後、獅童さんは同年9月、刑事処分を待たずに主演舞台のキャンペーンで公の場に復帰しました。
刑事処分と離婚協議
2006年9月9日、中村獅童さんは道路交通法違反(酒気帯び運転)の罪で罰金20万円の略式命令を受けました。
そして、この一連の騒動を受け、同年11月には竹内結子さんとの間で離婚協議が開始されます。
騒動に加え、獅童さんのお母様である陽子さんと竹内さんとの間に確執があったことも、離婚の背景にあったと報じられています。
- 陽子さんは、竹内さんに対して「梨園の妻になる覚悟ができていない」「伝統を学ぶ意欲もない」と感じていた
- 陽子さんは、生まれた長男を歌舞伎の名跡「中村獅童」の跡継ぎにしたかったため、親権を巡って対立
対立は1年以上に及びましたが、最終的に2008年2月に協議離婚が成立。
調停の結果、長男の親権は竹内さんが持つこととなりました。
獅童さんは養育費の支払いに加え、「竹内さんとの結婚生活について語らないこと」を条件として受け入れています。
現在の奥様と再婚
中村獅童さんが2度目の結婚相手として選んだのは、元読者モデルでアパレル関係の会社員だった沙織さんです。
2010年から5年間という長い交際期間を経て、2015年1月31日に入籍しました。
慎重な交際と亡き母の承認
前回の離婚騒動のトラウマがあったため、獅童さんは沙織さんとの交際を慎重に進めました。
沙織さんは交際当初から梨園の妻になる覚悟を明確に示し、早い段階で獅童さんのお母様である陽子さんに会い、
「伝統やしきたり、女将としての振る舞いについて教えていただけませんか?」
と頭を下げたといいます。
このひたむきに学ぼうとする姿勢に陽子さんは感銘を受け、沙織さんを娘のように可愛がり、結婚を許可します。
入籍までに5年もの期間を要したのは、大恩人である十八代目中村勘三郎さん(2012年死去)と、そして母・陽子さん(2013年死去)の喪が明けるのを待つためでした。
3人の息子たちへの覚悟
結婚後、獅童さんと沙織さんとの間には、長男・陽喜(はるき)くん、次男・夏幹(なつき)くんが誕生しました。
- 長男・陽喜(はるき)
2017年12月18日生まれ(2025年12月9日現在・7歳)
2021年1月 3歳のときに「小川陽喜」で初お目見え
2024年6月 6歳で「初代 中村 陽喜」初舞台 - 次男・夏幹(なつき)
2020年6月27日生まれ(2025年12月9日現在・5歳)
2023年12月 3歳のときに「小川夏幹」で初お目見え
2024年6月 3歳で「初代 中村 夏幹」初舞台
沙織さんとの間に2人の子どもたちが生まれても、獅童さんは前妻(竹内結子さん)との間に生まれた長男の存在を忘れたことはなく、再婚するときも長男に「再婚しようと思うけどどう?」と尋ねたそうです。
獅童さんは、いつか陽喜くん、夏幹くんに向かって「君たちにはお兄さんにあたる人がいるんだよ」ときちんと説明する覚悟を持っており、「この親父なら」と3人の子供たち全員に思ってもらえるよう、役者として精進していくことを誓っています。



え、ちょ、獅童さん素敵…!幸せな家庭!
次男・夏幹くんの個性
獅童さんは2023年11月に、次男・夏幹くんが生まれつき両手の小指が欠損している、指がくっついた状態で生まれてきたことを公表しました。
夏幹くんはこれまでに、骨を切り離し、見た目を整えるための手術を2回受けています。
獅童さんは、このことを公表するか葛藤しましたが、夏幹くんが「歌舞伎をやりたい」と強く希望したことを受け、本人の気持ちを尊重して公表を決断したそうです。
獅童さんは、夏幹くんのこの個性を「役者にとっての最大の武器」になると前向きに捉え、夏幹くんがその身体を持って舞台に立つことで、同じ境遇の人々や、周囲に勇気を与える存在になってほしいという親心を語っています。
【同じ境遇の親の視点】
獅童さんの公表は、同じように四肢欠損を持つ子供を持つ親たちにとって大きな光となっています。
親にとっては心配の種であっても、子供たちは親が思う以上に負担を感じることなく工夫して生活しており、生まれ持った身体を「普通」として受け入れています。
獅童さんのような有名人がこの事実をオープンにしたことは、多様な個性が受け入れられる社会への大きな一歩として、広く支持されています。
大病を克服
中村獅童さんは、過去に2度の大病を経験しましたが、いずれも克服しました。
2015年|脳動脈瘤
獅童さんと沙織さんが交際を始めたばかりの頃、ヘビースモーカーで大酒飲みにもかかわらず「人間ドックには一度も行ったことがない」という獅童さんに、沙織さんは半ば強引に人間ドックを受けさせました。
この検診で、獅童さんに小さな脳動脈瘤が発見されます。
この瘤が破裂すると、致死率が高いくも膜下出血を引き起こします。
獅童さんの瘤は、小さいものの破裂しやすい形状だったため、以降、半年に一度の定期観察を続けていました。
3年ほど異常が見られなかった2015年のある日、獅童さんは突然の激しい頭痛と吐き気に襲われます。
沙織さんはすぐに「あの時の動脈瘤が破裂したのかもしれない」と察知し、担当医に連絡。
CT検査の結果、出血は見られませんでしたが、動脈瘤が破裂する前に、できるだけ早く手術を受けることを勧められ、その日は帰宅したそうです。
後日、手術が始まると、動脈瘤はすでに破裂しており、出血の痕が発見されました。
しかし、獅童さんのくも膜(脳を包む膜)がとても厚く強靭だったため、出血点が抑え込まれ、大事に至るのを防いでいたそうです。
沙織さんの迅速な行動と、獅童さんが常人離れした強靭な身体が、獅童さんの命を救いました。
獅童さんは「沙織のサポートがなければ僕はもういないか寝たきりになっていた」と深く感謝。
手術後はわずか1週間も経たずに退院し、舞台に復帰するという驚異的な回復力を見せました。
2017年|肺腺がん
2017年5月、中村獅童さんは、定期的に受けていた人間ドックで初期の肺腺がん(ステージ1a)が発見されました。
腫瘍は「点ほどの小ささ」で、医師から「奇跡的な早期発見」であり、「すぐに手術をすれば完治する」と説明を受けました。
このがんが発見・告知されたのは、妻・沙織さんが長男・陽喜(はるき)くんを妊娠していることが判明した直後でした。
新しい命を迎えるにあたり、獅童さんは「絶対に生き抜いてやろう」と強い決意を固め、病に立ち向かったのです。
同年6月に手術を受け、治療に専念するため予定されていた舞台を休演しましたが、秋には歌舞伎の舞台に復帰を果たしました。
2度の大病がもたらした人生観の変化
2度の大病を乗り越えた経験は、中村獅童さんの人生観を大きく変えました。
獅童さんはこの経験を経て、「人生や仕事に対する考え方が充実し、無駄なことにエネルギーを使わなくなった」と語っています。
病気と闘い、新しい命を迎えた経験を経て、現在は「超歌舞伎」をはじめとする舞台で精力的に活動し、役者として充実した日々を送っています。
まとめ
歌舞伎界の名門に生まれながらも、師匠不在という異色の道を歩んだ中村獅童さん。
過去には、一時歌舞伎を離れてロックバンドに傾倒し、その後、映画『ピンポン』で俳優としてブレイクするという型破りなキャリアを築いてきました。
私生活では、女優・竹内結子さんとの結婚と離婚、そして飲酒運転騒動などの困難を乗り越え、現在の妻・沙織さんの献身的な支えにより、生死を分ける脳動脈瘤と肺腺がんという2度の大病も克服。
現在は、新作歌舞伎やバーチャルアイドル初音ミクとの「超歌舞伎」など、常に伝統と革新の最前線で活躍し続けています。
本記事では、過去の中村獅童さんの人生と活躍についてまとめました。
ここから先の中村獅童さんとその幸せな家族の物語は、2025年12月9日放送の「プラチナファミリー」でしっかりと見せてもらいましょう!



