メニエール病を克服した岡本真夜の現在【ドラマ主題歌ランキング】

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メニエール病を克服した岡本真夜の現在
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2025年11月17日放送の
『プロフェッショナルランキング』2時間SP 「音楽のプロ236人が選ぶTBSドラマ主題歌 最強TOP50」に、
アーティストゲストとして岡本真夜さんが出演することがわかりました。

岡本真夜さんといえば、1995年放送のドラマ「セカンド・チャンス」主題歌『TOMORROW』で有名。

番組で熱唱してくれるとのことで、とても楽しみです!

でも、岡本真夜さんのことって、『TOMORROW』くらいしか知らないな、
ブレイク後は何をしているのかな、と気になりましたので、近況について調べてみました。

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目次

現在までの活動

ここでは、岡本真夜さんのデビューから現在までの活動について整理していきます。

『TOMORROW』でデビューするまで

岡本真夜さんは高校1年生で歌の魅力に目覚め、高校2年生で歌手を志しました。

高校卒業後に上京した当時は、曲を作っておらず、
アルバイトをしながらボイストレーニングに通う生活を送りました。

ある日、事務所から曲作りを勧められたことがきっかけで、
鼻歌の断片的なメロディをパズルのように繋げて作曲を開始。

その中にあった曲が『TOMORROW』であり、
シンガーソングライターとしてのデビューへとつながりました。

『TOMORROW』ブレイク後の活動

1. シンガーソングライター

1995年5月に、シングル『TOMORROW』でデビュー。
同曲はドラマ「セカンド・チャンス」の主題歌となり、200万枚超の大ヒットを記録しました。

その後も『FOREVER』(1996年)、『Alone』(1996年)、『サヨナラ』(1997年)など、多くのヒット曲をリリース。
女性の葛藤や喜びを込めた歌詞が、リスナーから共感を得ています。

なお、2010年4月に、中国・上海万博のPRソング「2010等你来」が、
岡本真夜さんの楽曲『そのままの君でいて』(1997年)に酷似しているとして、
国内外で大きな盗作疑惑騒動になりました。

この騒動は、岡本さんがメニエール病で引退を考えていた時期と重なっていましたが、
思わぬ形で楽曲が再評価されるきっかけとなり、音楽番組への出演が増加しました。

2. 楽曲提供者(作曲家)

岡本さんは、自身で楽曲を歌うほか、中山美穂さんや中森明菜さん、
同郷の広末涼子さんや島崎和歌子さんなど、
幅広いアーティストへ楽曲を提供しています。

アニメ「ちびまる子ちゃん」のエンディングテーマ『アララの呪文』の作曲や、
森永製菓『小枝』のCM曲なども手がけました。

『アララの呪文』は、爆チュー問題とまるちゃんが歌ってたよね!

芸人さんの大ヒット曲については、こちらの記事をどうぞ
(『アララの呪文』のことは書いてませんでしたわ)

3. ピアニスト

岡本さんは、2011年に東日本大震災後のイベントライブに参加した際に、
「もっとピアノを弾きたい」と思うようになり、
2016年、デビュー20周年を記念して、「mayo」(まよ)名義でピアニストとしてデビューしました。

現在は、シンガー「岡本真夜」とピアニスト「mayo」という二つの名義で活動を展開しています。

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4. テレビに出るのは苦手

「自分はあくまでシンガーソングライターであって、芸能人ではない」と話し、
人前に出てスポットライトを浴びることが苦手だそうです。

デビュー当初は、本人の希望で顔出しNGにしており、
デビュー曲のCDジャケットは、目から下のみのデザインでした。

当時は、ライブ活動もメディア露出も一切ありませんでしたが、
1995年の『第46回NHK紅白歌合戦』でメディアに初出演。

現在もメディアへの出演は決して多くなく、
岡本さんにとっては、ライブこそが、唯一人前に立ちたいと思う聖域だそうです。

筆者の記憶では、
岡本真夜さんがミュージックステーションに出演するたびに、
タモリさんが「かわいい」って言ってたと思う笑

確かに岡本さんは、ふんわりした雰囲気でかわいらしいです!
タモリさんのタイプの女性なんでしょうか?

▼タモリさんやちょっとだけMステ関連の記事もあります▼

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プライベート|結婚・離婚や病気

岡本真夜さんの出生から現在まで、プライベートな情報をまとめました。

なお、岡本さんのプロフィールについては、記事の後半で記述しています。

1. 出生|祖父母に育てられる

岡本真夜さんは、生まれてすぐに両親が離婚したため、
母方の祖父母の養女となり、高校卒業まで育てられました。

祖父は警察官、祖母は教師という厳格な家庭で育ち、
祖母がつきっきりで勉強を教えるなど、厳しくしつけられたそうです。

岡本さんは、小学3年生から高校1年生までクラシックピアノのレッスンを積み、
中学生の頃までは、音楽大学に進学してピアニストになるのが夢でした。

しかし、高校1年で歌に目覚め、高校2年で「歌手になりたい」と思うようになり、
卒業後の東京での音楽活動を望みます。

祖父母は、東京を都会で華やかな音楽業界だと警戒し、
大事な娘をそんなところに行かせられない」と猛反対しました。

祖父母は、岡本さんには音楽大学に進学し、教師などの安定した仕事に就いてほしいと願っていたのです。

上京の当日、祖母は見送ってくれたものの、
頑固な祖父とは喧嘩したまま家を出ることになったというエピソードが残っています。

2. 自身の結婚と離婚

岡本真夜さんは、2000年、25歳のときに、
コンサート美術スタッフだった岡井一貴さんと結婚しました。

当時、デビュー5年目で悩みを抱え「一度お休みしたい」という気持ちもあり、
ファン減少を気にせず結婚へと踏み切ったそうです。

結婚翌年の2001年11月に男の子を出産し、出産後3カ月でレコーディングを再開するなど、
翌年には早くも活動に復帰しました。

しかし、2013年に離婚。

岡本さんは、離婚理由について、

私が仕事を優先しすぎたことにあると思います。
ちょうどピアニストとして活動を始めた頃で、お互いの愛情のバランスが取れなくなってしまった。

と語っています。

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3. 病気について

メニエール病

岡本真夜さんは、2010年頃、仕事のストレスからメニエール病を発症し、一時活動を休止しました。

メニエール病とは
内耳のむくみが原因で、激しい回転性めまい、難聴、耳鳴り、耳閉感といった症状が繰り返し起こる病気です。
発作の引き金には、ストレス、過労、睡眠不足などが関わっていると考えられています。
治療には、安静や薬物療法が中心で、症状に応じて利尿剤や抗不安薬などが処方されます。

医師から完治を告げられた後も、声の不調が続きました。

病院やボイストレーニングで「発声障害」と診断され、
原因不明のまま、10数年にわたる苦しみを抱えることになります。

声の改善が見込めず疲弊した岡本さんは、デビュー30周年での引退を決意しましたが、
28年ぶりに再会したプロデューサーが転機をもたらします。

そのプロデューサーの紹介で出会った新トレーナーは、岡本さんの声の不調について、
「発声障害ではない。」「聴力の問題で力みが生じ、発声が変わった」と分析。

聴覚検査で右耳の低音の不調が判明し、イヤモニの自分の声を左耳に振るという、革新的な対処法を発見しました。

新トレーナーによるレッスンにおいて、声質がデビュー当時に戻る劇的な改善を体験し、引退を撤回。

かつて、2015年のTBS系音楽特番『音楽の日』では、不安定な歌声で厳しい声が上がりましたが、
10年後の『音楽の日2025』では復活の経緯を語り、涙ながらに『TOMORROW』を生歌唱しました。

現在は、声が出しづらい苦しみから解放され、
「曲を作り、歌い続けたい」と精力的な活動への意欲を新たにしています。

▼2025年11月12日に新曲を配信リリースするなど、精力的に活動中です!▼

チョコレート嚢胞

2013年の夏、下腹部に激しい痛みを感じ、その約1カ月後に再び激痛に襲われたことから病院へ行ったところ、
CT検査の結果、右卵巣に直径7センチの「チョコレート嚢腫」ができていると診断されました。

チョコレート嚢腫とは
子宮内膜症の一種で、本来子宮内部にあるべき子宮内膜組織が卵巣にできる病気です。

月経時に卵巣内で出血が起こり、古い血液がたまってチョコレートのような状態になる、袋状の病変です。
主な症状は下腹部の激しい痛みなどで、不妊の原因となることもあります。

医師からは「がんになる可能性があるので手術が望ましいが、急がなくても大丈夫」と告げられ、
ライブスケジュールを考慮し、約5カ月後である2014年2月に手術を予約。

しかし、手術予定日の約1カ月前、これまでをはるかに上回る、歩けないほどの激痛に襲われ、
友人に病院へ連れて行ってもらったところ、嚢腫が破裂していることが判明、緊急手術となりました。

手術は腹腔鏡手術(お腹に3カ所小さい穴を開ける術式)で行われ、全身麻酔で2~3時間ほど。

術後2日はチクチクした痛みがあったものの、4日後には退院し、通常の生活に戻ることができたそうです。

4. 現在の暮らし|息子と猫

2001年生まれの息子さんは、すでに大学を卒業し、独り立ちしています。

現在も親子仲が良く、一緒に映画を見に行くなど「友達みたいな関係」で、反抗期もなかったそうです。

息子さんが巣立った現在は、愛猫であるマンチカンの「こしあん」と二人暮らしをしており、
仕事で家を空ける際には、息子さんが「こしあん」を預かってくれます。

なお、育ての親であった祖父は2007年に亡くなり、祖母は2022年に100歳で逝去されました。

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岡本真夜のプロフィール

岡本真夜さんの基本プロフィールもチェックしておきましょう。

岡本真夜のプロフィール
  • 名前
    本名    岡本 真夜(おかもと まよ)
    ピアニスト mayo(まよ)
  • 生年月日  1974年1月9日
  • 血液型   AB型
  • 出身地   高知県四万十市
  • ジャンル  シンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、ピアニスト
  • デビュー
    1995年、シングル『TOMORROW』

まとめ

岡本真夜さんは、1995年に『TOMORROW』の大ヒットで鮮烈なデビューを果たし、
現在はピアニストmayoとしても活動する、職人気質なシンガーソングライターです。

ご両親が離婚して母方の祖父母に愛情深く育てられたこと、自身の結婚と離婚、そして病気の苦難を乗り越え、
現在は猫の「こしあん」と穏やかに暮らしています。

長年の声の不調を克服し、引退の危機を乗り越えた岡本さんは、
「曲を作り、歌い続けたい」と、音楽への情熱を新たにし、精力的な活動を再開しています。

本記事を書くにあたって、岡本さんが10年以上も声の不調に苦しんでいたことを知り、
2025年11月17日放送の
『プロフェッショナルランキング』2時間SP 「音楽のプロ236人が選ぶTBSドラマ主題歌 最強TOP50」
での歌唱が、ますます楽しみです!

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